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村崎 ここでオレはハタと気づいたんだけど、いまの日本人って、警察の力を過信しすぎてやいないかね? オレらぐらいの世代だと、小さいころに学研の本なんかで、「日本の警察の科学捜査はここまできている!」「だから犯罪なんかやったって必ず警察に捕まるんだ、犯罪なんてワリに合わないんだ」みたいな記事が全部本当だと思い込まされていたもんな。 唐沢 指紋ひとつ残せば、それだけで瞬時に犯人が割り出せる、みたいなね。凝固した血液に当たっていた光を解析して、それが犯人のつけていた金ボタンからの反射だって突き止めて、それで真犯人を探し当てた実例なんかも、学校で教わったりした。日本の警察の捜査能力ってのは世界一なんだから、「犯罪を犯したら絶対に逃れられないんです」って教え込まれたんだけど、これ、大嘘だったよね。 村崎 実は日本における凶悪犯の検挙率なんて2割にも満たないし、たまたまうまい具合に捕まえられたのが大きく報道されるもんだからみんなそう思い込まされるけど、そもそも日本の警察なんてデフォで無能なんだってことを、もうちょっと国民は認識すべきなんだよな。 唐沢 不思議なことに日本人は、役所の役人の無能さ無気力さは骨の髄まで理解していても、同じ役人である警官にはプロフェッショナルな有能さを期待している。組織構造が同じなんだから、そこに有能な人材が育つわけがない、とわからんかね。でも、昭和の一時期はある程度は検挙率が高かったことも事実で、なぜならかつての日本人は隣人同士のつながりが濃密であって、周囲に何かあったらすぐにその情報を当局に報告することができたし、それによってお上と庶民の信頼関係を築き上げることができた。でも、いまみたいに隣の人間どころか、一緒に暮らしている家族ですらお互いが何をやっているのか把握できていないような現状だと、情報を共有することなんか不可能になる。ましてや、気が狂っている人間の内面を察して、危険な状態を他人に報告するなんて、できるわけがない。警察の質の低下というよりも、オレに言わせりゃ日本人の生活の変化が犯罪検挙率を低くしているんだがな。 村崎 江戸時代なんて、あれだけ人口が多くても犯罪発生率が以上に少なかったってのは、世界でも類を見ない治安の良さなんだよな。 唐沢 それも当然、“五人組”制度で何か事件が起こったら連帯責任とされていたからね、庶民の側も事件を起こさないために必死だった。おまけに長屋生活は個人のプライバシーなんてないも同然だからさ、常に相互監視の状態で、問題も未然に防げたんだよね。落語を聞いていると、長屋の隣をのぞく話がやたら多い。『野ざらし』とか『黄金餅』とかね。ありゃ、そういう環境がザラだったことのあらわれだよね。これじゃ犯罪なんて計画しようがない。逆に現代のように個人のプライバシーが尊重される時代だと、誰か一人が気が狂ったところで、そいつが実際に事件を起こさない限り、誰もその狂気に気が付かないままになってしまう。つまり人間を個人として尊重し、プライバシー保持の権利を認めることには両面の効果があって、常に他人が何をしているのか、その不安に嘖まれるってところがあるんだな。 村崎 こういう事件が起きるってことは誰も想定していないし、まして外務省勤務の一家からこんな事件を起こす奴が出るなんて誰も思わなかったろうね。 唐沢 いまは良家だろうか貧乏な家であろうが、階級の差別なく、誰でも平等に狂えるってことね。いい時代だと思うよ、ホント(笑)。 村崎 むしろストレス溜め込まずに、まったく殺す理由がゼロっていう状態で破壊衝動や殺人衝動を一気に解放できたってだけでも、こいつをホメてやりたいね、「よく頑張ったね」って(笑)。 唐沢 少なくとも世の中に生きた証を何も残せず死ぬよりは、たとえ引っかき傷でも社会に爪痕を残せたってことでね、あとは死刑になろうがなんだろうが、悔いはないんじゃないの。 村崎 捕まったあとも報道陣の前に自ら進んで顔をさらしていたし、なんか堂々としていたよな。「ふてぶてしい」という感じでもなかったし。 唐沢 ある種の達成感を持った人間の顔だよね、あれは。いまの日本人ってのは、個人として達成感を得られればそれで満足しちゃうフシがあるからね。社会の中に自分を位置づけるんじゃなくって、自分の価値観、自分の満足が得られれば、他の人間がどう思おうが、どう迷惑をこうむろうがおかまいなしってやつ。モノサシが自分しかないわけで、叱ろうにもその叱る基準になるものがこっちにない。だったら勝手にやってなさいって言うよりほかないんだよね。 村崎 な〜んかオレ、最近ヒットしてる、青山テルマとかいう女の歌と被るんだよな。くり返し「♪私はここにいるよ〜」とかいうあの歌、耳に入るたびにウザくて仕方ねーんだよ! 唐沢 おまえがそこにいようといまいと、他の人にとってはどうでもいいことだってのよ(笑)。 村崎 まったくだよ、誰かアンサーソングで「♪いなくていから消えてくれ!」とか歌ってくんねーかと思うくらいキモくてうぜーんだよ! 最近あの歌が電波みたいにあちこち流れてるもんだから、金川のアタマに変な害毒流し込んで、こんな事件が起こっちまったんじゃねえかとすら思うぞ。 唐沢 でも、こういうメッセージ性のない犯罪ってのも困ったもんで、「キチガイはこわい」で話が終わっちゃうんだよね。これを一つの事例として、これから同種の犯罪が起きることを防ぐための対策を立てるってことができないんだ。 村崎 今回の件でみんな「警察は何をやっているんだ」とは言うけど、実際こういう事件を防ごうとするなら、ちょっとでもヤバそうな連中を片っ端から捕まえて尋問しなきゃいけないわけでしょう。でも、それをやったら、また朝日新聞みたいな左翼系のメディアが重大な人権侵害だって怒り出したりするに決まってるし、「諦めて殺されろ、人命よりも人権が大事」って結論で終わるのは目に見えてる。 唐沢 だから人権の自由とかプライバシーの保護とか、善意の押し付けをやっている裏で、こういう事件が起こっているってことを少しは考えろ、ってことだよ。 村崎 警察自体が劣化していて、平塚八兵衛みたいに、自分がピンときた容疑者にはたとえシロでも自白させるみたいな凄みのあるプロフェッショナルな刑事がいなくなっちゃったしなー。 唐沢 それだと裁判で“あれは自白を強要された”と、いくらでも途中で審理をくつがえせるんだよ。何度も言うが、二言目にはプライバシーだプライバシーだと騒ぐ識者たちは、その裏面で社会組織という、その中に規律の撹乱者を洗い出し排除する機能をもったシステムを破壊している、ということをわきまえてもらいたい。江戸時代の事件簿なんか読んでると、密告者のタレコミで犯罪者を捕まえてるような事件ばっかりなんだ。江戸時代は人情が豊かだったってのが大ウソだったとわかる(笑)。つまりは、みんな自分の安全な生活を守るために、犯罪人を出さないよう監視しあっていた監視社会だったのよ。監視カメラがあちこちにあるばかりが監視社会じゃないのよ。世間のネットワークが十全に機能していれば、秘密警察みたいな組織がなくても、簡単に犯罪者なんて捕まえられたもんなんだ。ナチス政権下のドイツやスターリン支配下のソ連の犯罪発生率の低さと、江戸の平和ってのは実はほぼ、イコールだったんだな。 村崎 だからアブなそうなキチガイが一人いたら、すぐに保護できたってことだよな。こいつなんか、かなり立派なキチガイなのに、何で誰もいままで気づいてやれかったのか、そっちのほうが不思議だよ。なんたって、友人もろくにいないのにケータイ2つを常に持ち歩いて、自分から自分へばかり「オレは神だ」とかメールしてたってんだからスゲえよ。 唐沢 もはや、絵に描いたような典型的キチガイだもんね、これ(笑)。 村崎 でも、電波系のオレにはこの心理、よくわかるんだわ。電波受信で別人格になっていると、はっきりいってイっちゃってるときの自分の書いたものなんて、書いた記憶が全く残らないんだ(笑)。多重人格者は自分の中の他の人格が何考えて何をやったかなんて分からない。要するに、多重人格者はメモとか手紙とか何か書いて残しておかないと、自分の中の複数の他人格とはコミュニケーションできないんだよ。だから金川のメールは、自分の中の他人格に向けたメッセージであって、あれはキチガイ行為というより、携帯を使った“人格内コミュニュケーション”だと思ったほうがいいよ。頭の正常なマスコミの皆さんにとっちゃ理解しがたい行動だろうけど、電波系のオレには実に納得のいく当たり前の行動なんだよな。 唐沢 それ以前に、ケータイ2つも常に使っていたら、通話料がかさんで仕方がないと思うんだけど(笑)。 村崎 いやいや、キチガイにとっちゃ、これはなくてはならないシステムだからね。各ケータイ会社も、今後はこういうキチガイに対しては通話料を割り引いてやるサービスを考えないといかんよな。「家族割引」があるくらいなら、「別人格割引」があったっておかしくないだろう。ってことで、家族間だけでなく「人格間メール無料!」でお願いします! 唐沢 まあ、少なくとも今回の犯人の症例を研究して、新しい学説を発表したいと思っている精神科医はたくさんいるだろうね。ここまで常識での理解を超えている症例って、珍しいもの。 村崎 テンパったキチガイには何言ったってかなわねえよ。こないだ京都と神奈川で親戚2人を殺して金品を奪って捕まった松岡恭造って男の死刑判決が出たんだけど(★2)、まったく後悔の念がなく、殺人行為そのものについて「よくやったと自分で自分をほめてやりたい」「残された遺族は今後も人生のあらゆる局面で、この事件やオレのことを思いだして、もやは心の底から笑うことなど二度とできないだろう、ざまあみやがれ」みたいなことを平気で言ってるんだよ。こいつはなんでも上京して演劇をやりたくて、日大芸術学部の演劇科に入ったんだけど持たなくて一年で辞めちゃって、田舎に帰って小説を書き始めたんだけど3本くらい書いたらもう書くことがなくなっちゃって、あっさり小説家への夢も挫折。それでやることなくなっちゃったから前から憎いと思ってた親戚殺しました、みたいな感じなんだと。もう死刑判決の覚悟キメてるから無反省で何でも言う言う(笑)。こういうのに悔い改めろだの反省しろなんてのも無理な話でさ。 唐沢 最初から「反省」という思考回路を持たない人間に贖罪を促してもしょうがないんだよね。人を殺すという行為に悔恨どころか達成感を抱いてしまう人間には、何を言ったって仕方がない。反省ってのはあくまで自分の外に基準があって、それに反してしまった、ということに対する後悔だからね。基準が自分の中にしかない人間に反省はありえない。戦後の日本の進歩主義者たちが、社会統制を嫌うあまりに個人の重視個人の重視とお題目を唱え続けた大いなる成果だねえ。祝杯でもあげたまえよ。 |