『ザ・コーヴ』騒動と“暇つぶしの正義”

村崎 で、同様な意味で気になったのが、『ザ・コーヴ』の上映中止騒動なんだけど(★14)、『ザ・コーヴ』の上映中止を怒ってる人たちって、首都大学東京の学生が退学になったことにも怒るのかな(笑)?

唐沢 この場合、上映中止が理に適っているかどうかということじゃなくて、とにかく騒ぎを起こしたい連中がいるってだけの話でしょ。反日活動に対して。

村崎 ネイティブ・アメリカンやバッファローを虐殺している映像を併映しろとか、映画館で鯨肉のおつまみを売れとか(笑)、もうちょっとシャレっ気のある戦いをしてほしいよな。

唐沢 この映画、オレも見たけどさ、ドキュメンタリー映画として盗撮した映像をそのまま流すのは倫理的に問題かもしれないけど、「早く撮れ!誰か来るぞ!」って切羽詰った撮影をやっているくだりは、単純に映画的に面白いんだよね。さすが、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいな擬似ドキュメンタリーよりは、はるかに面白くできている。首謀者のリック・オバリーという人は、若いころに「わんぱくフリッパー」っていうイルカのドラマで人気があった俳優で、あれでイルカを虐待してしまったという罪悪感から、いまはイルカショーに忍び込んでイルカを逃がしたりとか犯罪すれすれ(いや、露骨に犯罪)のことやっている人なんだけど、見ているとなんだか、何かの自然保護活動の一環としてやってるというよりは、単なるイルカオタクの憎めないオッサンなんだよね。そのあたりの人間性も面白かったし、映画としてはよくできてるよ。

村崎 ナニを可愛がって、ナニを虐待するかは単なる個人的な趣味の問題なんでオレはどーでもいいんだけどね。しかし、白人どもの正義も良くわかんねえなー。ネイティブ・アメリカンやバッファローを殺しまくるのは良くて、牛や豚や鶏を殺して美味しく食うのも良くて、イルカやクジラを殺して食うのは良くないってのは(笑)。

唐沢 聖書の中で、とって食べていい動物ってのはちゃんと書かれているわけで、そこに記述されていない動物ってのはキリスト教的に食っちゃダメっていう不文律があるのだな。レビ記には、水の中にいるもののうち、食べていいのは鰭とうろこを持つもの、とされている。ウナギなんてのは鰭はあるがうろこがないからダメなわけで、今でも原理主義者やユダヤ教徒はその教えを後生大事にしている。鯨はうろこがないから食ってはいけないのだな。

村崎 で、映画作った連中にしてみれば、この映画が話題になればなるほど、イルカに対する認識が広まって好都合なわけだから、上映中止運動なんか起こすのは、逆に向こうの思うツボなんじゃないかって気もするね。だまって放置の方が良かったんじゃねえか?

唐沢 ただ、イルカ漁業に反対する映画を反日的だと批判する右翼団体にとっては、これは自分たちに金を出すスポンサーに「ちゃんと仕事してますよ」とアピールする機会にもなっているわけだよね。一方で映画つくった連中にしてみても、これはキリスト教原理主義団体に自分たちの活動成果をアピールするチャンスになっている。さっきの村崎さんのスポンサー理論でいけば、どっちもスポンサーありきなんだよね。アートみたいなもんかもしれん。

村崎 要するに倫理的な問題というより、単にどっちもこれを機会に名を売りたいってだけか。じゃあ、どっちもどっちだな。

唐沢 シー・シェパードだってあれ、別に無報酬であんなことやってるわけじゃなくて、あいつらに金を出してるハリウッドのバカセレブとかいるわけよ。そういうスポンサーに、仕事してる姿を見せなきゃいけないから、ああいう目立つことやってるわけ。いい悪いはともかく、ラディカリズムを装いながらもこういうビジネス感覚をもってる人たちを見習えと、「ドブスを守る会」の連中には言いたいね(笑)。

村崎 逆にいうと、金勘定抜きで自分の表現衝動に忠実な分だけ、「ドブスを守る会」の奴らのほうが誠実っていえるのかもしれんぞ(笑)。

唐沢 ただ、やっぱり純粋アート志向の人間には、世間に対するスクラッチを是とするような連中が多くてね。オレ、昔、「ガロ」で仕事していたときに、編集部に持ち込まれた作品の中にものすごく読む者を不快にさせるような原稿もあって、そのことを指摘すると「当然です。僕は他人を不快にさせるためにマンガを描いているんですから」とか平然と言い出す作家とかいたから。もちろんそんなのは、当時の社長の長井勝一さんも絶対に掲載させなかったけどさ。世間に対する恨みつらみを自己表現と取り違えてるアーティストがいかに多いかってことですよ。

村崎 『ザ・コーヴ』だって、本当にその内容を怒りを感じているなら、上映中止にするよりむしろ、普通の公開したけど客席はガラ〜ンでした、ていう状況のほうが効果的なのかもしれないしな。

唐沢 でも、映画的には面白いし、変に話題になっちゃった分、それなりにヒットしちゃうだろうね。本当に上映中止運動やったことが、かえって逆効果。

村崎 ニコ動で試写会やったりして、かえってまた金一銭も払わないネット住民どもを喜ばせちゃったじゃんか!たださ、いくら「イルカ殺すのは許さない」とか言っても、漁業の人たちはそれで生活してるんだからさ。現実には、趣味の表現や芸術よりも生活の方が優先でしょ。

唐沢 だけど、オバリーが毛嫌いするイルカショーが行われるようになったのも、『わんぱくフリッパー』でイルカ人気が出たせいによるもので、あの漁村でイルカ漁が行われるようになったのも、それ以降の話なんだよ。つまり、別にあの村にイルカ漁の伝統があるわけではないんだよね。

村崎 要するにイルカ食うほうも食うなと言う方も、頭テンパっちゃってるだけなんだな。早い話、みんな「暇つぶしの正義」に燃えてみるのが大好きなんだな。まあ勝手にやってくれよ(笑)。

唐沢 イルカを中心に考えるから物事が曖昧になるんであって、それで生活している猟師の人たちを中心に考えたほうが物事見えやすいかもしれないよね。「ボクは猟師が大好きなんだ、猟師の人たちの権利を守るんだ」っていう猟師フェチの声が上がれば面白いんだけど(笑)。

村崎 猟師の人たちは別に自分の職務に忠実だってだけで、あの人たちに罪はないだろ。そんなの長い映画で観なくても宮沢賢治の『なめとこ山の熊』を読んでりゃ分かることだし。

唐沢 ただ、映画見てて笑っちゃったんだけど、あの村に行くと入り江に「イルカ船」っていうかわいいイルカの形をした遊覧船が走っていて、土産屋にもかわいいイルカのアクセサリーとかたくさん売ってるのよ。でもあの村で実際にやってることはひたすらイルカをぶち殺すことなわけで(笑)。このブラック・ギャグはすごいよね。

村崎 そういう可愛いキャラクター化ができるってことは欺瞞じゃなくて、犠牲になる食材への供養というか、やっぱり贖罪の一種なのかねえ。でも札幌の羊ヶ丘の展望台に来る観光客だって、みんなでかわいい羊たちの放牧を見て愛でながら、平気でジンギスカン鍋食って帰るよな(笑)。ああいうのは良い悪いじゃなくて、食物連鎖ってのはこういうもんだと最初から認識した上で見たほうがいいんだろ?

唐沢 かわいい動物が殺されるのはショックだろうけどさ、鶏絞める現場くらいは小学生のうちに見といたほうがいいと思うよ。食べるということがどういうことか、生きるってことがどういうことか、はっきりわかるから。感情的反戦論なんかも、自分たちは所詮、他の命を奪うことでしか生きられないという事実を子供のうちにわからせておけば、自然と消滅すると思うしね。

村崎 それが現実なんだからさ、単なる個人の趣味嗜好でその良し悪しを決め付けるのって、本気でアブなくねえか?

唐沢 ユダヤ教やイスラム教文化では殺して食べていい動物と食べちゃいけない動物がはっきり線引きされているけど、日本はその境界線をナアナアにしてきたところがあるからね。単なるお国柄の違いなのかもしれない。

村崎 ちょっと前に牛を強姦したばかりに、その牛と結婚させられたインドネシアの男のニュースを聞いたことがあるけど(笑)、これもお国柄かね(笑)。

★14 『ザ・コーヴ』上映中止問題

 和歌山県太地町のイルカ漁を扱った米映画「ザ・コーヴ」の一般公開が、保守系団体の抗議予告を受けた各映画館で次々と中止に追い込まれている。アカデミー賞受賞作品では異例の事態だ。日本の映画監督らの作品評価は賛否両論だが、「公開すべきだ」との意見では一致した。一方、町や漁協の映画への批判は根強く、波紋は広がるばかりだ。
 「残念。お客さんの期待の声もあった。でも、何かがあってからでは遅い」。一般公開のメーン館と位置づけられていた「シアターN渋谷」の運営会社担当者は、中止は「苦渋の決断」と話す。
 映画を「反日」「虐日」と糾弾する市民団体が、「4日正午」と日時と会社の住所を明示し抗議予告を出したのは2日。この団体は、従来の右翼と違う「保守系市民グループ」と呼ばれ、ネットを駆使して抗議活動への参加を呼びかけるのが特徴だ。警視庁は抗議活動に警戒態勢をとるが、同庁幹部は「正規に申請されたデモで、違法行為はない」としている。
 運営会社では3日に会議を開き、上映を自粛。映画館や配給会社にはこれまでも上映中止を求める電話やメールが相次いでいた。上映予定26館のうち3館が中止を決め、残りの映画館の中には「推移を見守る」と上映に慎重になっているところも多い。
 この動きに対し、メディア批評誌「創」の篠田博之編集長らは9日、上映を後押しするシンポジウムを都内で開く予定だ。映画監督らを招き、イルカ漁や表現の自由について討論する。映画も上映する。篠田さんは「こんなことがまかり通れば、賛否ある作品はすべてつぶせることになってしまう」と語る。
(朝日新聞6月5日の記事より引用)

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